「ベトナムは今!」No.10 ニュース解説

「ベトナムは今!」No.10 ニュース解説

  • 2009.07.07 Tuesday

ニュース解説『ベトナム景気回復は早い?!』
―『ベトナムは今!』
No.10
鎌田 隆(沖縄国際大学名誉教授)

はじめに

2008年後半から顕在化したベトナムへの世界的経済危機の
影響は「世界平均の18か月より長期に及ぶ」との一部の観測も
あり予断を許さないが、一方で2009年に入って、外的要因に
よる輸出の減少の影響は継続しているが国民経済の復調の傾
向が見られる(『ベトナムは今!』No.5ニュース解説)。

計画投資省の最新の「生産・サービス・投資状況」によると、
6月の工業・農林水産業・サービス業のいずれもが、対前月比
でプラスとなり経済の急速な立ち直りが見られるが、2009年
上半期(1~6月)の国内総生産(GDP)成長率は前年上半期
の6.5%を大きく下回る3.9%であった。結局2009年通年のGDP
成長率は年率5%と予測され、ベトナムがアジア経済危機の影
響を受けた1998年5.26%、1999年4.77%以来の低率で20
00年から続いた6%以上成長率が途絶えることになりそうである。

現時点で、国内市場と貿易、地域別などで回復の程度に格差が
あり、とくに、農村部の家計を支えてきた外国への出稼ぎ労働者
の大量解雇・帰国で「魚や肉が食べられない」(調査4省の農家
世帯の7割)までに貧困が進むなど、今般の世界経済危機はベ
トナム経済多大な影響を及ばしているといえよう。

ベトナム経済の立ち直り-最新の数字から

ベトナム統計総局が7月1日に公布した2009年上半期の経済成
長に関するデータでも、GDP(国内総生産)成長率は対前年同期
比3.9%増であった。そのうち農林水産業は1.25%増、工業・建設
3.48%増、サービス5.5%増で、工業生産額は4.8%増で石油、セ
メント、革靴、丸型鉄鋼、発電量などは高成長を維持した。2009年
第Ⅱ四半期(4~6月)に一部の主要品目の輸出額は第Ⅰ四半期よ
り増加して、国民の生活水準も改善されていることなどから、統計総
局の発表は、ベトナム経済は多くの試練に晒されているものの、政府
の景気刺激策は効果を上げ始めて「回復の兆しがある」と評価する。

また、ベトナム商工省の資料でもこの6月の回復が顕著であり、6月の
工業・農林水産業・サービス業の生産・売上額は、いずれも対前月比
でプラス成長であった。

すなわち、6月の工業生産額は、58兆4000万ドン(約3100億円)、
前年同月比で8.2%増、2009年上半期(1~6月)の工業生産額は
324兆2000億ドン(約1兆7300億円)で前年同期比4.8%増であった
。また、今年上半期の農林水産業生産額は96兆8000億ドン(約5200
億円)で対前年同期比2.5%増であった。

そして、6月の小売・サービス業売上高では94兆ドン(約5000億円)対
前月比2.3%増、

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今年上半期で547兆ドン(約2兆9000億円)で対前年同期比20%増で
あった。さらに今年上半期の運輸量は3億1400万トンで対前年同期比
0.3%増、輸送トンキロ数(貨物重量×輸送距離)は840億トンキロで対前
年同期比1.1%であった。
こうして、ベトナム国内の商品在庫量は2009年5月初め以来漸次減少、
消費力も国内・輸出市場ともに回復の兆候があり、その兆しベトナム経済
を支える輸出企業でそれ以前の数か月の在庫増から、次第に新たな生産
に必要な生産財の輸入を促進していることに表れている。

4月の輸入額は予測を超えて対前月比で2億5600万ドル増であり、その
大半が生産財で、とくに前月3月比で飼料・原材料34%、ガソリン・油41%
、尿素肥料30.7%増加した。また、縫製品原材料7.2%、鉄鋼34%、自

動車部品32.6%、木工製品21.6%など増加している。生産財輸入量の
増加の理由は、(1)飼料、ガソリン・油、樹脂、クリンカー、ビレット等の原材

料の価格の再上昇、(2)国内・輸出市場での需要の回復、国内市場での購
買力の上昇、在庫量の減少と生産再開、縫製品、革靴、木工製品、電子・
コンピューターなどの輸出活動の好転の兆しなどである。 それによって4月
の工業生産額は対前年同期比で5.4%増の55兆4700億ドン(約3698億

円)で、とくに圧延鉄鋼(32.3%)、ガラス(61.8%)、液化ガス(33%)、石
鹸(26%)、石油採掘量(21.9%)などで生産量増加が目立つ。
また、水産加工、植物油、布、紙製品、革靴、化学肥料などの生産も、輸出
量の大幅減と在庫量の増加で低迷した時期から急速に回復している。

ベトナムの工業生産は、今年2009年初め数ヶ月の低迷の後急速に回復し
ており、6月の工業生産額は対前年同期比8.2%増の58兆4000億ドン(約
3893億円)で、とくにエアコン(44.7%)、セメント(24.1%)、原油(17.95%)
などが増加した。

商工省の予測では、輸出額は増加傾向で、原油、農産品、天然ゴム、縫製品、
革靴、木工製品などで増加し、その結果、商工省商工情報センターは、今年
のGDP成長率を5.8%であると予測している。

鉄鋼販売量についても、今年は政府の景気刺激策による建設案件の実施で、
例年は雨季で減少する第Ⅲ4半期(7~9月)も含め好調で推移するという観測
もある。

他方で、ベトナム経済を支える輸出は、今年度上半期で対前年同期比10%
減に止まったが、ほとんどの農産物では増加してタピオカとその製品で3倍増、
米56.2%、胡椒40.4%、コーヒー22.3%、茶10.9%などが目立った。しか
し平均輸出価格の下落で輸出総額としては下落している。輸入では2009年
上半期の輸入額は対前年同期比で34%減であったうち生産財輸入額の減少
が10~20%であった。2009年上半期の輸入超過額は21億ドル余に上った。

また、政府の景気刺激策の奏効により、株式の取引額の急増、株価指数(Vn
-Index)と取引額の改善がみられるようになった。ホーチミン証券取引所(HoS
E)の2009年第Ⅱ四

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半期末までの取引額が前年2008年取引総額の70%に及ぶなど証券取引も好

調である。また、6月以降大型金融グループの上場が続く。すなわち、6月25日
のバオベト金融グループが約5億7302万株、30日にベトコンバンク1億1228万
株、7月16日ベトインバンクの5600万株、2010年度には海外の戦略パートナー
選びも本格化し、日本の三井住友銀行やみずほ銀行も進出の見込みである。

さらに人材マネジメント世界大手の米マーサーと提携するベトナム・タレントネット
によれば、2009年第Ⅱ四半期に国内の労働力需要の回復傾向が強まっている。
それは政府の支援策を追い風にハノイ・ホーチミンの消費財・医薬品・情報技術・
リテールバンキング(個人向け銀行業務)で事業計画が進み労働力需要も調査対
象の40%で回復しているという。また、同じくベトナム人材マネジメントのナビスコの
調査では、調査対象の59%で2008年第Ⅳ四半期から2009年第Ⅰ四半期にかけ
て賃上げを進めているという。

政府の経済刺激策による金利補助(利子補給)プログラムの実施で国家銀行が商
業銀行に対して合意金利の融資を許可して以来、顧客の借入需要が急増し、商業
銀行の貸付残高が増加、個人消費への貸付残高は対前年末比11.6%増であった。

これに対して各銀行は預金利子を引き上げている。国家銀行の監督で銀行の流動
性は安定的に保障され、銀行間利子も安定、資金需要の不均衡の危険性は今の
ところはない。

経済計画省によると、2009年上半期の政府開発援助(ODA)実行額は対前年同
期比9%増の約12億7000万ドルで今年ODA実行計画の67%を達成した。他方
でFDI(外国直接投資)は2009年上半期で対前年同期比78%減少した。しかし、
計画投資省外国投資局は、過去最高の2008年のFDI総額に比べても世界的経
済危機の中で今年上半期88億7000万ドルに達したことで、審査待ちの854億ド
ルも含め、今年と来年のFDI誘致目標の達成の可能性があるとの予測を示唆した。

こうした経済の動向に対して、輸入超過やインフレの再燃を怖れる声もあるが、国家
金融管理委員会当局は、輸入超過による外貨不足に対しては、越僑送金、外国
直接投資、政府開発援助で補填(今年の越僑送金を約60億ドルと予測)、インフレ
に対しても2009年上半期のCPI(消費者物価指数)上昇率は2.68%(抑制目標

は1桁以内)でインフレの再発やドン対ドルのレートへの悪影響の危険性は低いと
見られている。

奏効する政府の景気刺激策

これらの景気回復には政府の大型景気刺激策の実効が大きい。第12期(2007

~11年)第5回国会で採択された政府の景気刺激策には、たとえば、財政赤字
の対GDP比上限の7%までの大幅緩和(既定限度は4.82%)、中長期金利補
助プログラム、個人所得税と証券取引・商権譲渡収益などへの個人所得税免税
の2009年7月移行への延長、交通インフラ・水利・医療・教育などへの20兆ドン

(約11億ドル)国債の追加発行、金利補助、ベトナム国家銀行による7月からの政
策金利(公定歩合)の7%据え置きなどがあり、ベトナムが世界の不況に対して早く

対抗した(世界銀行)といわれる諸経済対策が随時実施に移れ効果を挙げている訳
である。国会審議では「政府案では低所得者の救済にはならない」との意見もあった
が、政府案が承認された。また、以前のインフレと預金金利上昇時には銀行預金に
流入していた一部資金が利下げとインフレ抑制の結果再び株式市場に戻っている。
なお、世界銀行は、ベトナムの金利補助プログラムによる不良債権の増加に懸念を
表明している。

これらの景気刺激策は、「個人の所得税納税比率1割程度(拙著『ベトナムの可能
性』167ページ)」というベトナム経済の特異性とともに、「鷹揚にみえて意外と繊細
な」政策と、多セクターの自由な競争にマクロな面では国家の枠を嵌めるという「巧
みで大胆細心な経済システム」(同上書341ページ)というベトナム独自の経済調整
装置が作用していると思われる。

いくつかの希望的観測

去る5月初旬閉幕したアジア開発銀行(ADB)の年次総会の記者会見で、黒田東彦
総裁は「アジア経済は来年末には回復している」との見通しを示した。同時に、アジ
ア諸国の外需に依存した経済構造の是正には「数年かかる」と指摘し、バランスが取
れた経済構造を目指すため、各国に内需拡大を促した。

世界金融危機のなかで、「意外とベトナムの内需は底堅く」「恐るべしベトナム」という
ベトナムコンサルタントの表現もある。「一人当たりGDPが1000ドルを超えるとファー
ストフードチェーンの展開が可能になる」という通説がある。公式統計では一人当たり
GDPが100ドルを切るホーチミン市で、ケンターキーチキン、ピザハット、ロッテリアな
どが進出し、また7000~8000円のワコール女性下着が売れるといわれ、実際の一
人当たりGDPは2000ドル程度であるというベトナム特有の「公的統計と現実の数値の

乖離というベトナム経済の謎」(前掲書47ページ)の部分の存在もある。また、ベトナ
ムの経済専門家のレー・ダン・ズアイン博士もベトナム経済の局部的な回復と「年内
の景気回復」を示唆している。

農村に癒しがたい禍根

ベトナムで世界不況の影響を最も直接的に受けているのは、ベトナム農業・農村・
農家・農民である。政府は5月の経済報告で「輸出農産品が大量に在庫化してい
る」と指摘した。輸出高で世界第2位を誇るベトナムの主要輸出品のコーヒーは、
過去3年間低迷したコーヒーの国際価格は現在1324ドル/トン(2008年3月の
最高価格2757ドル/トンの半額以下の48.02%)、2009年上半期のコーヒー

輸出量は対前年同期比23%増でも輸出額は12.07%減で、業者は経営危機
で困窮している。同じく輸出高世界第2位の胡淑でも、5月末で対前年同期比で、
輸出量は46.8%増であるのに輸出額は4%減少している。

ベトナム農業・農村開発政策及び戦略研究所(Ipsard)が3月末から4省の山岳
・僻地農村で3月末から実施した農家世帯調査の結果は、今回の世界経済危機
の影響が、ベトナムではまず農家・農村に及び、その貧困・飢餓を惹起している
状況を如実に示している。

海外で出稼ぎするベトナム人は約50万人であり、2005~08年間の平均で毎年
8万3000人が海外に出たが、その多くは農村出身である。世界経済危機後、少
なくとも8000人が帰国している。

例えば、調査対象4省の71.6%で農産物価格が前年比11.3%に下落し、また
販売不振に陥っている。その上に、それら農家の家計を支えていた外国出稼ぎ
労働者の22%が相手国での企業から解雇・帰国し、その4割が再就職者は11.
3%に過ぎず、農家はこの結果、消費額を平均18.5%減少し、68.4%の村が「
肉や魚の消費が減っている」という。また、貧困層が増えたと報告した村も15.9%
に上る。同戦略研は「経済危機は農村住民の雇用、収入、生活に打撃を与えて
いる。貧困ラインぎりぎりの家庭を貧困層に落としている」との結論を出した。それ
でなくとも、全国総人口の71%が農業に従事しうち貧困世帯が23.4%(非農業
従事者では5%)の貧困地域であり、10年後には現在世界第2位の米輸出ゼロ
にも繋がる稲作面積の急減問題を抱えているベトナムの農村であるのに・・・。

むすびにかえて

2009年GDP年率で5%増と予測されるように、ベトナム経済にとっての「2008
年の難関」(前半の高インフレと後半の世界経済危機の影響)を傷を負いながら
もしたたかに越えようとしている。

しかし、その程度は、内需・貿易、業種、地域などで一様ではない。貧困撲滅
計画遂行で国連から評価されて地域格差解消で実を挙げているベトナムである
が、今回の世界経済危機では、経済基盤の弱い農村への影響は大きく癒しがたい。

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(担当 鎌田 隆)